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Profile

葛飾区をもっと住み良い街にしたい
住んでいることに誇りが持てる街づくりの実現

 私は葛飾の新小岩地域で育ち、サラリーマン時代には建築設計をし、その後不動産業を営み、 昨年はNPO法人も立ち上げ福祉関係の仕事も携わるようになりました。

ところがある仕事でお客様を案内した際、「物件は気に入ったのですが、ここはどこですか」と聞かれました。

私が「葛飾区です」と答えると、 お客様の表情が変わり「江戸川区は福祉もいいし、保育などの支援もたくさんしてくれるのですよ。 葛飾区ですか。じゃ結構です。」と言われてしまいました。

このことは1度だけでなく2度、3度と同じ事例がありました。 その都度、私は非常に悔しい思いで聞き、自分が葛飾区に住んでいることに自信をもてなくなっていったのです。

広い視点から人口という切り口からみると葛飾区は約43.5万人で隣接区の江戸川区は約68万人ですが、ここ数年の傾向をみると 葛飾区は人口に変化があまりない現状維持が続いているが、隣接区はここ数年飛躍的に伸びてきているのです。

この統計からわかるようにやはり人々は隣接区に流入してきているのです。すなわち葛飾より江戸川の方が良いと、住みやすいということの表れなのです。葛飾区は転入してくるがそれと約同数が転出してしまうのです。入ってきてもすぐ出てしまう。魅力を感じないのではないかと考えてしまうのです。

私は家庭では小学生2人の父親です。 その他に東京青年会議所や消防団にも所属し葛飾の地域活動や防犯活動の一端を担ってきました。私は誰にでも「葛飾区はよいところだよね。住みたいよね」といわれたい。このまちをもっと住みよいまちにしたい。そして葛飾区に住んでいることに誇りが持てるようなまちにしたい。

それが私の一番の思いです。
(平成17年初挑戦時の思いです。)

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​米山 真吾

  • 1970年生まれ(52歳)

  • 日本大学第一中学・高等学校、日本大学理工学部建築学科卒業

  • 佐藤工業(株)で設計部門に勤務後、(株)山商都市開発 代表
    現在(社)東京青年会議所シニア会員、東京中小企業家同友会会員、本田消防団第六分団班長などして地域活動を展開中

  • 平成17年葛飾区議会議員選挙初当選(3,625票)

  • 平成21年葛飾区議会議員選挙二期目当選(4,589票)

  • 平成25年葛飾区議会議員選挙三期目当選(2,760票)

  • 平成29年都議会議員選挙惜敗

  • 平成29年葛飾区議会議員選挙四期目当選(3,415票)

  • 令和03年葛飾区議会議員選挙五期目当選(4,023.98票)

米山真吾の軌跡
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01

学生時代の思い出

建築士を志した学生時代

学生時代には既に建築の道を歩もうと決めていましたので、有名な建築家のル・コルビジェやガウディなどの建築物や、韓国のオンドルを組み入れた民家の建築など、興味ある建築物を直に見て学びと思い、ヨーロッパからアジアまで視察として旅行にも行きました。学生の若い自分の中で漠然とですが、将来、何か残るような建築をしてみたいなと考え、自分の未来の建築士としての姿を思い浮かべていました。また車やスキーが好きだったので、友人とはよく箱根や湯沢などドライブやスキーに遊びにいったり、車のマフラーやホイールなどのチューニングもたくさんやりました。あと競馬もやりましたね。トウカイテイオーという綺麗な馬がいて、応援したくなった記憶があります。とにかく、興味のあることはジャンルにこだわらずに渡来し続ける日々でした。

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02

社会人時代の自分

とにかくがむしゃらに

​学び働いた社会人経験

社会人はゼネコンの設計部に所属して、入社当時はちょうどCADが出始めた頃で、今後CADが主流になるとのことで業務を通じてCADの勉強をしました。それとは別に、自分の目標だった一級建築士の資格を取るために、通勤時間を利用して勉強をしていました。このころは会社の支援もあって、宅地建物取引主任者の資格も、当時の上司の方が実技試験に向けて教えてくれたりと、社員に大変暖かい社風でそれは今でも感謝しています。仕事はとにかく大変忙しく、9時出社で最終電車で帰るような日々が続いたこともありましたので疲れた記憶が多くて(^^;)、とにかくがむしゃらに頑張っていました。その後親しい方の勧めで青年会議所や同友会などの団体に入り、たくさんの経営者の方と知り合うこともでき、今でもお付き合いさせていただいているのは大変貴重な財産ですね。また消防団にも入団して地域の方とも交流ができるようになったことも自分にとっては良かったと思っています。

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03

政治へのきっかけ

この町の一員としてできることがしたい

私はずっと長い間、新小岩という街で育ちました。長年、新小岩に住んで過ごしている中で、特に新小岩駅北口駅前広場は、放置自転車やゴミのポイ捨てなどあまりにもひどい状況でした。同じ街に住む一員として、建築に携わっていた立場の人間として、この状態をなんとかできないものだろうか、という思いが自分の中で芽生え、それはどんどん大きなものになっていきました。地域の一員として、この街に育ててもらった人間として自分ができることをしたい、それが私が初めて政治に関心をもったきっかけだったと思います。

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04

初出馬に至った経緯

後悔はしたくない、自分が納得いくまでやり抜く

私は建築が大好きで、それに携わる仕事をしていたので、もともと政治家を目指していたわけではありませんでした。しかし、ある時にある方が区議会議員選挙に出てみないかという投げかけがありました。その当時は非常に悩みましたが、街の課題が見える中で、自分の経験をもとに、ある意味政治家という手段を用いて課題を解決することができるならば挑戦してみようと考え、政治家を目指すことを決断をいたしました。選挙は当然初めてでとても不安でしたが、結果はどうであれ、自分自身に納得がいくまでやらないと後悔するという思いが強く、とにかく自分の気持ちを奮い立たせました。途中挫折してしまいそうにもなりましたが、周りの皆様に助けてもらい、教えてもらいながら、なんとか最後までやりぬくことができました。やはり周りに支えてくれた方々がいなければできなかったですね。周りの方々の応援や、皆さんの想いをもらって今の自分がある、今でも常に自分の心に持ち続けています。

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05

区政に思うこと

自分の役割は、現場の声を区政に伝えること

病院誘致や新小岩駅周辺のまちづくりなど取り組んできましたが、その中で強く感じることは、区政の課題というのは現場で起きていて、そこを的確に捉えることができるかが区政や地域をよくすることにつながると思っています。例えば病院誘致についても、地元の救急病院が閉院したことがきっかけになって調べて行くうちに、ベッド数や死亡率、病院の配置状況など特に新小岩・奥戸地域の医療体制の脆弱性が如実に浮かび上がり、新たな病院誘致が必要だと感じことです。また広場や南北の通路などはまさしく目の前で不便を強いられている状態が見えるわけですので、対策を打たなければならない。待機児童の問題もそうです。現場で行っていることを改善することが区民の皆様の為になりますし、大局的に区政が良くなることになると思っています。区議会議員は地元密着ですから都政や国政と違って身近な問題を解決する役割をになっています。そこを改善して区民の皆さんに喜んでくれた時、初めてやってよかったと実感します。

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06

地元葛飾区への思い

下町人情の葛飾を

もっと元気に

デジタル化や効率性が叫ばれる昨今においても、葛飾区は下町人情がとても色濃く残っていて、地域の交流が盛んなことが、一番の区民性の特徴だと思います。これからもっと住みやすい街づくりを考えていくときに、こういった部分はとても大事にしていく必要がありますし、下町コミュニケーションが活発な街だからこそ、みんなでよく話し合い、これからもっとより良くなるというゴール、方向性をもって取り組むことができれば大きな力を発揮する区民性があると思います。私は地域密着である区議会議員という立場に立って、積極的に皆さんの声に耳を傾けて、葛飾を愛し、暮らす人たちが求めることを、一つ一つ実現する施策ができると良いと思っています。

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07

政治家に必要な要素

一人の政治家として、

常に正直でありたい

政治家としての「米山真吾」に、常に「誠実さ」と「謙虚さ」を説いています。それが自分が考える政治家としての必要な要素だと考えているからです。そして葛飾区で暮らす皆さんの想いを受けて政治家として活動している中で、いつも「正直でありたい」と思っています。もちろん自分自身も人間です、全てできているかと言われると悩んでしまいますが、常にそういう気持ちで取り組んでいます。自分が活動する上で、必ず行動する上での規範が必要だと思っていて、それはとてもシンプルなものであるべきです。それは区政をはじめとした政治の世界でも同様で、私は一人の政治家として、決して派手さはなくても、自身で決めたことを、日々実直に行っていくことを信条としています。

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08

自分がこれから目指すもの

いつも自分の気持ちに素直に

政治活動に限ったことではないのですが、何か問題を解決できたとき、それに対して周りの人たちが喜んでくれたり、感謝していただけた時が一番うれしく、やってよかったなと実感できます。そういったことがたくさんできるような自分自身になりたいですね。自分の今までを振り返った時、「困難な問題を解決する」「周りの人たちに喜んでもらえる行動をする」、その2つが自分自身のモチベーションの源泉になっているのではないかと感じます。まちづくりに正解はありません、全ての取り組みが必ずしも求めた結果にならないことも多くありますが、それでも常に自分自身の心に問いかけながら、区政に取り組んでいきたいと思っています。

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